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人間らしくセルフ老衰

尊厳死は日本では難しい

最初に書いておきますが、自殺の記事じゃありません。

むしろ「尊厳死」の為の自分流考察をいれた「人間らしく最後を迎える為」のブログになります。

自分の死に方などに興味を持っている人も深く考える人も少ないだろうし、自分が死ぬなんて考えたくも無いかと思います。

しかし、昔は人生50歳時代ってときもあり、50歳を過ぎた自分も自然と死に対する興味が湧いてきました。

本当の事を言えば、小心者である私は、死に対する恐怖」をどうしたら回避できるのか!?ってことに興味を持っているのです。

現在の日本では「尊厳死」など存在しないし、医者に任せていたら薬漬けか、実験材料にされながらベットに寝かされて、人間らしい死など迎えられそうにもないと思っています。

 

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死に方を模索

何だか自殺するような感じになっていますが、まったく違います。尊厳死することが難しい日本で「最後は、人間らしく静かに眠るように死にたいと思っているだけです。

つまり、自分が末期がんなどの深刻な状態になった時に、過剰な医療をせずに、死の恐怖も無く、ゆっくりと人生を閉じられる方法を探しているのです。

医者任せにして、自分の最後を実験材料にされたくありません。

尊厳死(そんげんし、英語: death with dignity)とは、人間が人間としての尊厳 (dignity) を保って死に臨むことであり、インフォームド・コンセントのひとつとされる。安楽死や蘇生措置拒否 (DNR) と関連が深い。
末期がん患者など治癒の見込みのない人々が、クオリティ・オブ・ライフ (quality of life, QOL) と尊厳を保ちつつ最期の時を過ごすための医療がターミナルケア(end-of-life care、終末期医療)である。(Wiki様より引用

具体的な死に方

本当に冗談じゃなく、苦しまず、簡単に死ぬ方法を調べました。

しかし、どの死に方も、簡単に、楽にという記事と、反面、苦しい、汚いなどの両方の記事があるのです。
そして、本当のところは、死んたことがある人じゃないとわからないと思うのです。

結局は、自殺のような死に方しかなく、医療のお世話になり、セデーションにて終末期の苦痛緩和してもらうしか方法がないのかとあきらめ気味になっていました。

セデーション(鎮静)とは鎮静剤を投与して意識水準を下げる医療行為を指す言葉である。特に終末期の耐えがたい苦痛を緩和することを目的としてセデーションが実施されることがある。この終末期の苦痛緩和を目的にしたセデーションは、一般「ターミナルセデーション」という呼称で知られている。 

痛みに耐えられず自殺した人や、回復見込みのない事を知り過度の医療行為から逃げる為に自殺した人を知っています。

自殺なんて人生から逃げる事であり、死んでからも成仏できないなんて脅されますが、末期患者となり耐えがたい痛みを味わえば誰でも死にたくなるものです。

かといって自殺は迷惑かかるし、できれば眠るように死にたい。

そして、たどり着いたのが「餓死」です。

尊厳死にふさわしい餓死

餓死などと言うとイメージ的に貧困で食べられなくて死ぬイメージが強いですが、末期患者になれば、どうせ食べられなくなるのだから、食わなければ死ねるってことです。

つまり、回復の見込みのない状態なのだから、医療などによる無駄な栄養補給を断ち、食べられなくなった状態を受け入れるだけで餓死できるのです。

自殺行為じゃなく、寿命を全うして死ぬ人間の摂理なのです。

最後まで自分選択を主張

自分が回復の見込みがない病気になり終末を迎えようとした時、家族にその内容をしっかりと伝えていたとしても病院で気づいたら過度な医療行為をされていたなんていうケースがあります。

それは、医者も商売だから適当な説明を家族にして、都合の良いように処置をします。また、どんな状態の患者でも、心臓が止まれば容赦なく「処置努力」をしないと医者としての責任問題に発展してしまう可能性があるのが日本なのです。

なので、自分自身がしっかりと最後まで自分自身を看取る気持ちで自然の摂理で餓死できるようにしっかりとしてないとダメなのです。

適当なネーミングを付けてしまいましたが、「セルフ餓死」「セルフ老衰死」を目指して、その時が来てしまっても受け入れられるようにしたいと思います。

それまでは、人生を楽しみやり残したことがないようにしないといけないですね。

※参考に、日本尊厳死協会にて、尊厳死の意思をはっきりさせておける「リビングウイル」というのがあるようです。

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