ことわざ「触らぬ神に祟りなし」
あおり運転という馬鹿
自分も何度か遭遇したことがありますが、あおり運転するような人には関りたくないですよね。
なので、信号待ちなどで前の車が気づかなくてもクラクションさえも鳴らせません。
また、普通に運転しているにも関わらず、後ろにピッタリ付いてあおられた事もありました。
そんな時も、無駄な抵抗はせずに、横道に反れたり、側道がある場合は、停車したりします。
あおり運転するような人は、あおっている人が誰なのか知らないわけじゃないですか?
つまり、誰でも・・・極端に言えば、常に攻撃的な人格なのかもしれません。
運転していると、危険回避の為にスピードを押さえたり、信号や横断歩道などで停車するケースもありますよね。そんな時でも、クラクションを鳴らせたり、追い越されたり、睨まれたりすることがあります。
近寄ってはいけない人
自分だって、怒りが込み上げてくることもあれば、人の話を遮(さえぎ)ってまでも大声で怒鳴りたくなる時があります。しかし、理性と言うものが働き、相手を刺激するような事を言う前に、本当に、自分に否が無いのか?自分の被害妄想では無いのか?などを考える時間を持ちます。
若い時は、その考える時間が無く口に出しては後から自己嫌悪になった時もありましたが、年齢を重ねて少し考える時間を持てるようになりました。
すぐ切れる、話が通じない人
切れやすい(感情のコントロールが難しく、すぐに怒ってしまう)人には、性格的な傾向や心理的な背景、またその時の環境など、いくつかの共通する特徴があります。
大きく「心理面・性格」「行動・思考パターンの傾向」「環境・体調の要因」の3つに分けて解説します。
心理面・性格の特徴
-
プライドが高く、傷つきやすい 自分を良く見せたいという気持ちが強い反面、内面は繊細で自信がないことが少なくありません。他人からのちょっとした指摘や冗談を「バカにされた」「否定された」と過剰に受け取ってしまい、自分を守るために怒りで反撃します。
-
完璧主義で「〜すべき」という思い込みが強い 「普通はこうするべきだ」「時間は守るべきだ」といった自分の中のルール(マイルール)が厳格です。そのため、他人がそのルールから少しでも外れると、許せなくなってイライラが爆発します。
-
心の余裕(キャパシティ)が狭い ストレスを溜め込みやすかったり、元々の器が小さくなっていたりすると、小さなトラブルが起きただけでコップの水があふれるように感情がキャパオーバーしてしまいます。
行動・思考パターンの傾向
-
被害妄想に陥りやすい(ゼロヒャク思考) 物事を「敵か味方か」「正しいか間違っているか」の白黒で捉えがちです。相手に悪気がなくても「嫌がらせをされた」「悪意がある」と極端にネガティブに解釈してしまう傾向があります。
-
言葉でのコミュニケーションが苦手 自分の困っている状況や、「悲しい」「困惑している」といった本音を言葉でうまく相手に伝えるのが苦手な人が多いです。感情を言語化できないため、手っ取り早い「怒り」という感情を使って感情を表現(発散)しようとします。
-
自己中心的で他人の事情を想像できない 「相手にも何か事情があったのかもしれない」という想像力が働きにくく、自分の視点だけで物事を見てしまいます。そのため、思い通りにいかない状況に対してすぐに不満が募ります。
環境・体調の要因
-
慢性的な寝不足や身体的疲労 脳の理性をつかさどる部分(前頭葉)は、疲労や睡眠不足によって機能が低下します。これにより、感情のブレーキが効かなくなります。
-
過度なストレスや孤立 仕事や人間関係で強いプレッシャーに晒されていたり、誰にも相談できず孤独を感じていたりすると、心に防衛本能が働き、攻撃的になりやすくなります。
関係性の薄い人にアドバイス不要
すぐ切れるような人でも、ある特定の人には優しかったり、タイミング的にはフレンドリーで良い人だったりすることも多いと思いますが、関係性の薄い人に余計なアドバイスなどをすると、「逆恨み」を持たれることがあります。親子関係でもない人に、わざわざリスクを持つことはないですよね。
自分も若気の至りで、酷い時がありましたので、今になっては恥ずかしさしかありません。
その時の状況を動画にしましたので、よかったらどうぞ!
切れて話にならないような人は、余計なエネルギーを使うし、自分には、そんな事を対応している余計な時間もないので、現在では、とにかく、避けて逃げて、関わらない事を心がけています。
こんなところにも潜んでいた!
このブログ記事を書こうと思った理由が、数日前のあおり運転のニュースと、これから書く出来事に関係します。久々に「触らぬ馬鹿に祟りなし」という自分のことわざを使いました。
と言うのは、あおり運転を受けることも無く、自分の周りに自分を攻撃するような人はいませんでしたので、油断していました。
このケースは遡る事半年前から自分の潜在意識は反応していました。
フットサル(室内サッカー)に毎週通うようになってから、ある若者がいる時だけ、無意識に緊張しました。
サッカー経験者の自分は、若者でも負けない程度のプレッシャーとボール裁きができていたと思います。もちろん、その人に対しても他の人と分け隔てなく楽しく競技をしていたと自分は思っていました。
しかし、反則ギリギリのプレーや反則しても悪げない素振り、競技中もねちねち言う人へのヤジが、気になっていました。自分だけじゃなく、周りの人に対して小さな攻撃をしていたので、そのような人だということで流していました。
子供たと思って流していましたが、プレーしていれば、彼のドリブルをカットしたり、接触プレーだってある訳です。そのたびに、睨まれたりヤジる行為に嫌気がさしていました
冬の季節に会わなくなり良かったなーって思っていましたが、最近参加し始めたのですが、一向に彼のプレーは変わっていませんでした。
このフットサルの集まりは、エンジョイサッカーのはずなのですが、彼がいることで楽しくありません。よく、周りの人はヤジられても言い返さない我慢ができるなって関心していました。




コメント