ショートストーリー【俺はヒーローじゃなかった】

俺はいつもみんなの中心にいて、俺の意見によりみんなが動いて、俺の意見により計画が決まって行った。

食事でさえ、「どこえいく?」ってなると、「〇〇いこうぜ!」と間髪を入れずに意見を言う流れで決まる。

それが、いつもの流れなので自然とそういうもんだと思っていた。

飲み会などになると、アルコールが入った陽気な俺は、更に積極的になり、口説くようなトークで女性からもモテていた。

そんな俺は、自分から周りの空気を感じて、参加しているすべての人に声をかけ話を盛り上げていた。

周りの皆からも「いつが都合がいい?」と聞かれ、俺が行かないと盛り上がらないと思っていた。

俺は、どんな場所に行っても、その性格から積極的に意見を言い、自分の意見が正論だと思っていた。

そんな俺に、周りはヒーローのようなまなざしで俺を見ている。

年を重ね、会社内でもカッコイイ上司として周りの部下に好かれていた。

ある時は、ある時は、部下を厳しく叱り、ある時は私生活の悩みを真剣に聞いてアドバイスし親身に考える。ある時は、一緒にカラオケで盛り上がり、ある時は、部下の失敗に一晩一緒に飲み明かした。

自分から見ても、「俺のような上司がいたら一生ついていくな!」と思っていた。

そんな俺には、会社からも社員教育を依頼されることも少なくなかった。

俺は仕事上でも「成功の法則」持論があった。

それは、自己啓発本を読んで己の解釈で解説したものであり、理に叶っていたのだろう。

俺の研修を受けた社員たちは、生まれ変わったように、目が生き生きとし、プライベートにも仕事にも前向きに打ち込もうという姿勢に変わって行った。

「俺ってすごいな!」

大人になっても俺は、リーダーであり、カッコイイ上司であり、周りの人たちに良い影響を与える中心人物であると思っていた。

今日も熱い研修が終わり、参加した部下たちから「人生が変わりました!」と言われ、俺自身もドーパミンが脳内を包み込み、自己愛が更に深くなっていった。

「俺ってヒーローじゃない!?」

そんな俺も気づけば50歳を過ぎていた。しかし、年の割には若々しくスポーツジムにも毎日通うような元気な俺は、「俺は違う」と思っていた。

相変わらず、若い部下を引き連れ飲み会やカラオケに行き、最後には悩みを聞いてあげたり、時には叱咤激励をして人間的に深いコミュニケーションをしていた。

部下たちも俺を慕(した)い、プライベートも仕事も俺に相談を持ち掛けてきた。

俺は「成功の法則」を持ち出し、前向きにアドバイスをしては、皆を幸せに導いていた。

俺は年をとってもヒーローなんだな!

腹の出てない筋肉隆々の自分の姿を見ては、そう思った。

しかし、ある時から、「寂しい」のである。

年を重ねても、俺中心で回りが動いている。俺の意見が重要であり、俺は皆に必要とされている。なのに、「寂しい」

年を取るという事はそういうことなのだろうか?と思っていた。

気づけば、誘われることが減った。

話かけられる事も仕事以外は無い。

携帯電話も鳴らない。

LINEも話題に入れない文字が流れるだけ。

休みの日は一人。

俺は皆に必要とされるヒーローじゃないの?

気づけば、鏡の前に初老の男がいる。

どう見てもヒーローじゃない。

自分から企画、誘えば、まだ人は来るが、本音は「断るとうざい奴」という言葉が遠くから聞こえる。

「あれ?俺ってすごい人間じゃなかったっけ?」

自分でそう思っているだけで、自分の話を勝手に押しつけ、自分の話で勝手に盛り上がり、自分よがりの行動をして自分で盛り上がっていた。

ヒーローじゃなく、残念な人だったのか!?

一人机の前でしんみりと振り返った。

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